【引退特集】全国準優勝のチームを引っ張り続けた4年生 〜仲間との絆は日本一〜
[サッカー部](2019年01月05日 15時47分)
12月22日に行われたインカレ決勝をもって引退となった駒大サッカー部の4年生たち。この記事では、インカレに登録された選手たちが試合直後に語った思いを掲載する。
◆主将 大塲 淳矢(法4)
「(4年間を振り返って)苦しい思いをしたことの方が多い4年間だったが、4年目で総理大臣杯とか、インカレとか、しかもインカレは決勝まで来れて、こういう動員の中でプレーできたっていうのは、振り返ってみても本当に最高の4年間だったと思う。今まで苦労したからこそこの喜びがあると思うし、この先の人生でもいろいろ繋げていけると感じている。ここまで指導していただいた監督には本当に感謝しているし人間として大事な部分を教えていただいたので、駒大に来て本当に良かったと心から思う。(どんな監督だったか)怒られることの方が多かったかもしれないが、それでも人間として大事なことだとか、勝ち切れない時期にも根気よく自分たちのことを励ましてくれたので、この先生きていく中で大切な事を教えて貰えた。(進路について)この大会(が最後)で、もうサッカーはやらないと決めていた。最後監督を日本一にして胴上げしたいなとは思っていたが、仲間のおかげでここまで来れたので悔いは全くない。(同期への思い)みんな自由奔放でまとまりもないし、みんな自分が好きな事をしている学年だった。それでもみんなチームのために働いてくれて、チームへの熱い思いとか、そういう部分が僕たちをここまで連れてきてくれたと思うので、同期今は31人だが、4年間一緒に戦ってくれて「ありがとう」という感謝の気持ち。(後輩たちへ)これからも多分苦しいこと、壁にぶつかる事が多いと思うので、ここで味わった悔しさを忘れないで、来年このピッチでリベンジして欲しい。(4年間の1番の思い出)ここまでこれたインカレ。苦しい中で、仲間に支えられてるなと1番実感した大会だった。本当にみんなに感謝したいと思う。(1番心に残っている試合)やっぱり今日(インカレ決勝対法大戦)だと思う。動員初めてだし、こんなに観客の方も多く来ていただける中で、サッカー人生の最後にこういう環境の中でやれたのは一生の思い出になった。(特に感謝を伝えたい人は)監督。壁にぶつかったときに生きてくると思うし、ミーティングで監督に言っていただいた言葉はこれから人生の糧になると思う。ここまで連れてきてくれたので感謝しかない。(キャプテンとして大変だったこと)チームとして勝てない時にどうすればこのチームは勝てるのか考えたり、晋平とか祐介とか副キャプテンの3人とか、本当に頑張ってくれてこのチームを作ってこれたので、日々の、どうすれば勝てるのかを考えているときが1番大変だった。(キャプテンをやって良かったところは)今日の試合が終わって、みんなに最高のキャプテンだったよと言ってもらえた。それだけでキャプテンやってきて良かったと思った。(次キャプテンになる人への思い)間違いなくこれから苦しい思いをすることもあると思うし、勝ち切れない場面が来ると思う。そういうときは監督を信じてやってほしい。(PKのキッカーを任されていたが)PKを蹴るっていうのは責任が重いことだし、天皇杯で1回外している。それでもみんな自分のことを信じて蹴り続けさせてくれたので、信頼に応えないといけないなという気持ちでやっていた。(駒大サッカー部を一言で)「チームワーク」本当にどんなときもチームワークで戦ってる大学だし、このチームワークがあるからこそ、ここまで勝ち残ってこれた」
◆主務 菊地 晋平(G4)
「(四年間を振り返って)この大学に入ってよかったと心の底から思っている。秋田監督のもとでサッカーできたこと、周りにいる自分の仕事に一生懸命専念する同期がいて、うれしかった。この仲間は無限の財産だなと思う。(同期への思い)シーズン中はチーム作りの時にぶつかることとかが結構あった。その中でもついてきてくれたり、厳しい要求を課してしまったこともあったが、それに対しても前向きにとらえてやってくれたことは感謝している。ありがとうの言葉しかない。自分を成長させてくれたのも同期だし、最後のサッカー人生、彼らとできたことは本当に幸せだった。(後輩へメッセージ)最高の置き土産ができた。(インカレで)優勝はできなかったが、これからもっともっといいチームになると思うし、今年やってみてどんどんこの代がやってきたこととかを(いい方向へ)壊してほしい。けれど秋田監督のサッカーは変わらない。だから、一人ひとりがそこに向かってどういう手段を尽くして日本一を目指していくかということを本気で考えてほしい。本気でぶつかっていってほしい。(四年間で印象に残っている試合)インカレの大体大戦。ずっと残るのはきっと今日の試合だと思うが、今の段階では。(試合終了の)ホイッスルが鳴った後、みんなで肩を寄せ合って喜ぶ姿や応援席も立ち上がって喜ぶ姿を見て、そういう姿が心を動かしたし夏の借りも返せた。そういった面では大体大戦がいちばん印象に残っている。(サッカー部で過ごしてきて一番の思い出は)主務になると決めたとき。18年間続けてきたサッカーをやめてチームに専念するっていう判断をした時が一番自分の中で記憶に残っている。(監督・コーチへ)ご迷惑をかけてばかりだった。事務作業はほとんど初見にお願いしていた部分もあった。運営面では本当に申し訳ないことばかりしていた。ただ、この舞台に一緒に立てて経験豊富な監督とコーチだが、一緒にサッカーできたことは嬉しい。僕にとって生涯忘れることのない心の支えになると思う。ありがとうございました。(今後の進路について)社会人になる。(主務を務めてみて大変だったこと・良かったこと)大変だったことは、監督の思いを選手へ伝えること。ただ、監督の考えているサッカーとグラウンドで戦う選手たちの考えているサッカーのギャップが生じてしまうこともあった。それをどうマッチさせていくかというところが非常に難しかったところ。その分、試合で勝てたときは格別な喜びを感じた。(主務としてチームの改革をどう行ってきたか)チーム作りの段階で選手一人ひとりへ面談をした。グラウンドに来ない選手が去年まではいたが、どうしたら駒大サッカーの魅力が伝わるかなと考えていた時に面談を通して、一人ひとりがいろいろな思いをもって駒大サッカー部に携わっていて「試合に出たい」と心の底から思っている。単純にみんなサッカーが好きだから。監督の思いと選手のサッカーが好きな気持ちをどうにかマッチングさせたいから、自分はどういうアプローチをとろうかと考えたときに、監督のミーティングや試合中の言葉やぼやきやああいうときはこうした方がいいといったことの中に学習の機会が含まれている。その学習の機会を全部員130人に提供することによって「監督の目指しているサッカー」が形作られる。試合に出ている選手は(監督に)どういうことをいわれているのだろうというのを選手にわからせるために、Googleドライブという動画をアップロードするものを開設した。そこで監督の言ったことなどを書いているノートを見て、自分でGoogleドライブを見てもらうと「このシーンはこうした方がいい」ということが分かる。自分の強みを理解したうえで駒大のサッカースタイルにどう溶け込ませていくかということを考えさせて学習させられるような組織にした。ただ押し付けるのではなく、ちゃんと考えさせてここはこうした方がいいということを詳細に選手に伝えられるようにした。そういった努力はした。(監督のそばにいることが多かったと思うが)パッションにあふれる監督。あれだけ熱い監督はなかなかいないと思う。明確なサッカーにビジョンを持っているし、男として成長できるような言葉をかけ続けてくれる監督。秋田監督のために頑張ろうと思える心に響く言葉をかけている。監督から学ぶことばかりだった。あんな男になりたいと思った。(副務の初見さんへ)大変ご迷惑をおかけしました。というのと、(初見)祐介と一緒にいる時間が長くて、いい面も悪い面もお互いに吸収しあえた。僕がサッカーに専念できるように事務作業をミスなくこなしてくれて感謝しかない。表舞台に立てなくても一生懸命忠実に仕事ができて、本当に尊敬するところばかり。ずっと勉強させてもらった。あいつのためにもサッカーをないがしろにできないと思った。とにかく感謝しかない。心の底から感謝している。(後任の主務・副務へ)選手を信頼して、みんなが成長できるような仲間外れを作らずに思いにあふれたチームにしてほしい。そして、絶対優勝してほしい。今年の借りを返してほしい。(駒大サッカー部をひとことで表すとしたら)『思いあふれるチーム』一人ひとりがいろいろな思いをもってこのチームにいる。その思いを一つにできるチームだと思う。技術や戦術ではなくて、男気や人間性の思いの部分が強いチーム。そこさえ持っていれば負けないと監督も言っていた。思いを一つにして自分たちの思い出やストーリーをピッチの上で表現できるチームだと思う」
◆副務 初見 祐介(G4)
「(引退した今の気持ちは)俺自身に悔いはなくて、何かやったっていうわけでもない。どちらかといえば(菊地)晋平がうまくやってくれて、俺は晋平がやることに対して邪魔になる要素を剥いでいくことをやっていた。それはやり切れたと思うのと、選手が頑張ってくれてここまで来れた。うれしいの一言かな。何か足りなかったっていうのも優勝できなかった理由っていうのもあるけど。(主務の菊池へ)感謝しかないかな。自分は選手に対して何もやれなかった。どちらかというと俺は監督に付きっきりだったから、もうちょっと選手の方にも行けたら違う要素も出てきたと思う。そこは申し訳ないと思うけど、感謝したいと思う。(同期へ)感謝しかなくて、俺はピッチでできないとわかっていたし、ここまで来れたのはピッチでやってくれた人たちのおかげ。Aチームに入れない4年生も、下の学年に継承するためになにをやるかというミーティングをした。IリーグやJrリーグが終わってからモチベーションが下がった時期もあったので話し合ったが、そこからの向き合い方や言動、行動は見ていて良かったと思うので、うれしいと思った。(後任の副務に向けて)社会の縮図だと言われていて、一番はトップの監督だからそこの軸はずらさず、監督に言われたことをどう選手に伝えるかというのと、自分の中で伝えるべきことと伝えないことを選んで選手へ伝えていくとかが大事になるかな。俺は伝えてきたつもりだけど、根元の部分をもうちょっと伝えれば良かったという後悔もある。監督との飲み会とかで選手には言っていない言葉も聞く。それを少しずつ伝えていけば監督の野望にも選手がたどり着けると思うし。(4年間を振り返って)悔いはないかな。1、2年で試合に出るためにどうしようかというのでマーシーさん(大谷真史/17年卒)や直道さん(荒木直道/18年卒)と自主練をして、ただひたすら一生懸命やるっていう選択肢しかなかった。3年になった時にGIOCOのキャプテンになって、上級生におんぶになったことを改めて実感した。『全然力ねえじゃん』というのを感じてチームのことを考え始めた。それでこの役職に就いたのかなっていうのもあるし、駒大がめっちゃ好きで、チームメイトや監督が好きで、駒大が好きだと思った。この組織は好き。一生懸命やれるし、みんなから『応援いいね』とか『応援できるチームっていいね、かっこいいね』言われる。誇れる4年間だった。(一番の思い出は)4年生になってからかな。サッカーをやっている時よりサッカーを一生懸命頑張っているやつらを見て感動して心動かされることも多かった。たかが1勝で泣いちゃうくらいの男なので、この1年は激動だったかな。サッカー人生初の全国大会で、天皇杯も、大臣杯もインカレも出られた。この1年はすごかった。激動でした。(一番の試合は)筑波戦かな。リーグ戦の時もインカレ3回戦も泣いていたし、俺は茨城出身で筑波が強いというのもわかっている。なんで筑波に負けるんだろうなって思っていて、相手がうまいのはわかっているけど、そこで負けられないのが駒大だって監督に言われてわかっていた。気持ちで勝つしかないというのを監督も選手に伝えていたから、それを体現している選手を見ていたら感動して泣いちゃうよね。(誰に一番感謝したいか)監督もそうだけど、親。ここまで不自由なくサッカーができたのは、親が俺をここまで育ててくれたからだと思うし、サッカーは莫大なお金がかかる。でも、そういうことも何一つ文句言わずにやってくれたからこれからどうやって恩返しをするかを考える。父ちゃんにも、『有終の美は飾れなかったけど、これからも応援します』というラインがきてうるっときた。まあでも恩返しは試合から親には感謝を伝えたい。(今後は)とりあえずは、受け継ぎがうまく言っていないところをやりつつ、就職してから1ヶ月分の資金をどうするかを考えて、親に頼るのも嫌だから、バイトします(笑)(就職先は鈴掛涼と一緒だと聞いたが)そう。本当は同期→同期というのは嫌だったけど(笑)でも、一緒にいることは心強い。あっちは静岡県民だし。それもあるかな。(駒大サッカー部を一言で表すなら)『愛情』。監督やスタッフは愛情を込めて選手と関われる環境が整っていると思う。この間須藤も言っていたけど、怒られ続けてそれが愛情だって気づいたみたいな。俺も高校時代までずっと怒られ続けて、『怒られるうちが華』という言葉が好き。怒られなくなったら本当に可哀想な人間だし、相手にされないのは本当に嫌だった。そういう意味では監督やスタッフは愛情を持ってやっているから、駒大サッカー部は愛がある環境だと思った」
◆マネージャー 茂木 まどか(営4)
「(4年間を振り返って)終わったという実感がまだなくて、明日も普通に大掃除で部活に行くのもあるけど。年が明けてもまだまだ自分がやってそうなイメージがある。終わった感覚はあまりない。4年間はあっという間だったと思う。(後輩のマネージャーに向けて)(中原)早絵と(今井)雪花々には助けられる部分が多くて、私なんかよりもすごくしっかりした子たち。しっかり者の早絵はこれから上級生になるから、最上級生として同期とぶつかることもあるし、新しい課題も見えてくると思う。でも、それを早絵の持ち前の明るさで乗り越えて行ってほしい。雪花々は責任感が強い子で、1個頼んだことは絶対にやってくれる。周りからの信頼も厚いと思うけど、その分一人で抱えてしまうこともある。あまり抱えすぎずに、でも、その雪花々の信頼されるところを伸ばして行ってほしい。2人がいて私は本当に助かりました!ありがとうございます。(同期への思いは)本当にサッカー部に入れてよかったと思える一つの理由というか、こんなに一緒になって熱くなったり時にぶつかったりできる仲間にはこの先出会えないと思う。みんなに出会えてよかったし、みんながいてくれたから頑張れたので、いい仲間を持ったと思う。(プレーヤーの後輩たちに向けて)今日、すごく悔しい思いをしたし、それを来年につなげてほしい。あまりプレーのことは詳しくないけど、今年はいい波に乗っていた。来年はなんか違う壁にぶつかるかもしれないし、どうなるかはわからないから、どんな時もいいイメージを持ち続けてほしい。あと、率先して手伝ってくれた1、2年生とか、『まどかさん』っていつも慕ってくれた3年生には感謝してます。ありがとうございました。(一番の思い出は)この1週間。本当にこの1週間は一生忘れられない。あとは、誕生日を同期が毎年お祝いしてくれて、みんなであつまってプレゼントを買ってくれてというのが毎年嬉しかったし、それもかな。(マネージャーをやっていて大変だったこととよかったことは)代返だったことは、部室が寒かったこと。夏は部室が暑かったこと。その2つが大変でした(笑)あとは、自分が試合に出られない立場で、チームが負けてどう声をかけたらいいか悩んだりとか、勝てない時のもどかしさを顔や態度に出すのは一番良くない。だけど、私はそういうのが顔に出ちゃうタイプだから、それがいまでもちょっと大変というか難しかったと思っているところ。勝った時のみんなの笑顔を間近で見られるのがマネージャーだと思うので、みんなの笑顔を見たときはよかったし、どんな疲れも吹き飛んだ。(主務・菊地、副務・初見と連携する場面も多かったと思うが)主務と副務が同期になって、これまで上の先輩とやって来たのが同期になった。逆にやりやすいと思っていて、(菊地)晋平とはっちゃん(初見)とも仲がよかったし、意見も言い合えたから。今年はやりやすいと思っていたが、私が強く言いすぎてしまったり、晋平と意見が合わなかったりして、連携を取れたかと思ったら疑問が残る。でも、プレーヤーだったのに、裏方に回って1年間やり続けてくれたことに感謝してるし、今思うと晋平とはっちゃんが主務と副務になってくれたことでこの1年間大きな問題がなく部が運営できた。2人には迷惑もかけたけど、いてくれたと思う存在。迷惑かけてごめんなさいって思うけどね(笑)(監督、コーチについて)口では厳しいことを試合や練習で言うけど、その裏や底の方にはみんなへの愛がある。それをただ言われて嫌な思いをするかもしれないけど、そこには愛があるともうちょっと知ってほしいと思う。(誰に一番感謝しているか)同期かな…大塲かな。大塲はね、1年生の時から嫌なことがあったときは話を聞いてくれて、私がよくないことをしたらちゃんと怒ってくれたり。そういう選手はあまりいないので、そう言う意味で大塲の存在が大きいと思ったのと、1年生の時から彼は『自分らの代が楽しみ。早く4年になりたい』と言っていて、『自分たちは上に行ける』と言ってそう言う代に変えてくれたのも淳矢だと思う。チームを引っ張り続けてまとめ続けてくれたことに『ありがとうございました』と『お疲れさま』と言いたい。(今後は)旅行会社の事務職をする。チケットを送るとか、工程表を印刷して郵送するとかだから、今やっていることとあまり変わらないかも(笑)(どういった社会人になりたいか)なくてはならない人になりたい。これは監督がよく言うけど。(駒大サッカー部を一言で表すなら)『絆』。もちろん横のつながりが強いのもそうだし、1年から4年までの仲も良くて、応援とピッチがひとつになってこういうことだって思わせてくれるチーム。みんなが仲よくていいチームだから絆です」
◆副将 室町 仁紀(商4)
「(4年間を振り返って)1年生の頃から試合に出させてもらっている中で、2年、3年とけがが続いて、チームの力になることができなかったが、4年目で副キャプテンになって、1年間けがをすることなくピッチに立ち続けることができたので、監督には試合に使ってもらって感謝しているし、普段のミーティングの中で、人間的成長という部分の話をしてもらったので、そういう意味では4年間で自分は大きく成長できたと思う。(同期への思い)1年生の頃から、練習来ない人もいてその環境にびっくりしたが、4年目になったらみんな本当にチームために本気でやって、このメンバーだったら日本一になれると思っていた。あと一歩のところだったが、同期にはすごく感謝している。(後輩への思い)今日(インカレ決勝の)ピッチに立っている桧山だったり、(星)キョーワァンだったり、悔しい気持ちが残ったと思うが、そういう経験が今年出来たっていうのはプラスなことだと思うので、来年以降このピッチに帰って来られるように、来年監督のもと1からやっていってほしい。(1番心に残っている試合は)リーグ後期最終戦の筑波戦。自分が点を取ったのもあるが、チーム全体で「最後だから絶対勝とう」「筑波倒そう」という中で、チームとしてすごく一体感が生まれた試合だった。あの試合があったからこそここまで来れたと思う。(監督・コーチへの思い)こんな下手くそをここまで使い続けてくれて、4年目が1番試合に出させてもらって、ダメなときもあったが辛抱強く使い続けてくれて、最後この最高のピッチまで連れて来てくれた。最後このピッチでやれたことに感謝している。(特に感謝を伝えたい人は)監督。1年生の頃から気にかけてくれて、けがから復帰してもAチームに入れてくれて、その期待に2年、3年の間は応えられなかったが、4年目で少しでも恩返しができるようにという思いでやってきて、最後優勝して胴上げすることはできなかったが監督にはすごく感謝している。(誰よりも走るプレースタイルについて)自分にはこのスタイルしかなかったと思うし、そういう誰かのために走り続けるということは、社会に出たりしても、誰かのためにやることだったり、監督に言われている「他人の為」ということをピッチで表現できる方法だと思うので、そこを強みにしてやってきて良かったと思う。(重要な場面でいつもゴールを決めてきたが)1番大事な今日取れなかったのですごく残念。こんなに点の取れないフォワードがいるのかというくらい点が取れないフォワードだったが、天皇杯だったり筑波だったりで点が取れて、自分の点ではなくてチームで取った点だと思っているが、そういう中で点を取れたのは仲間にも感謝したい。(三竿健斗選手などユース時代の同期が多く活躍しているが)自分はプロにはならないと決めていたので、一緒にピッチに立つことはないが、それでもすごいなと思っていたし、今日も試合前は見ていなかったが、試合終わって見たら(三竿)健斗から「がんばれよ」とLINEが来ていて、その応援には応えられなかったが、健斗にはこれからも頑張って欲しいなと思う。自分は応援する立場になるので。(副キャプテンとしてやってきたが)副将の自分はチームに声をかけたりするキャラでもなかったので、自分はピッチの中で駒大のサッカーを体現し続けることが副将としての役割だと思っていた。周りがどう感じていたかは分からないが自分は自分の持てる力を最大限に出せたと思うので、少しでも何か感じてくれる選手がいたらいいなと思う。(サッカー部を一言で)「家族」。監督もよく、この仲間はファミリーだという風に言っていて、本当に家族のようになんでも言い合うし、どんなときも一緒にいる仲間だと思うので、そういう意味で家族かなと思う」
◆副将 中原 輝(経4)
「(同期へのメッセージ)自分は副キャプテンもやらせてもらったし、10番という形でチームの中で今シーズン試合に出させてもらった。周りの仲間だったり、試合に出られなくても応援して支えてくれる仲間のおかげでここまでこれたと思う。ありがとうと言いたい。(Jリーグを目指す後輩へ)Jリーグに行きたいという夢を持つことは大事だけど、まずはこの駒大で大事な部分は常日頃から監督がおっしゃっている。プロに行くことも目標として持つことは大事だけど、人間として大事な部分はもっとある。この大事な仲間をこの4年間で教えてもらった。秋田監督には試合にも出させてもらって、サッカー以上の物を教えてもらったので、後輩たちにはサッカーを一生懸命やることや人間として大事な『誰かのためにやる』とか駒大の原点を大事に1日をやってほしい。(副将としてのシーズンを振り返って)自分はピッチで表現するのが大事だと思う。4人いてそれぞれが個性があってバランスよくやってこれた中で、自分はピッチで引っ張ることを誰よりも走ったり得点に絡むことを意識して来た。チームが勝てない時期や苦しい時期もあって、まだまだ足りないけど数字でもアシストや点に関与することはできた。他のキャプテン、副キャプテンがいたからこそ自分はのびのびやらせてもらった。3人には感謝したい。(監督、コーチへの思い)監督はずっと辛抱強く2年生の時からほとんどの試合に関わらせてもらった。特に4年では全試合に出させてもらって恩返しがしたかったけど、最後の最後に負けてしまってできなかった。悔しいのもあるし、コーチ陣にも駒大のコーチ陣はアツい人が多く厳しい人が多かったが、いい人たちばかりだった。今日は何としても勝ちたかったが自分の力不足でそれはできなかった。自分はプロになるので、そこで高みを目指して恩返しできるようにやって行きたい。(ロアッソ熊本ではどのような選手になりたいか)カテゴリーはJ3となるが、そこで一つ二つ抜きに出る選手じゃないといけないと思う。開幕から試合に関わって数字を残すとともにチームを勝たせたい。今日は勝たせられなかったので、勝たせられる選手になってより高みのある選手になって、いずれJ1や高い舞台で活躍できる選手になりたい。(思い出に残っている試合は)今日の試合(決勝・法大戦)。最高の舞台で最高の仲間と結果自体は悔しかったが、初めてここまでこれたのが一番です。(誰に一番感謝したいか)両親。九州という遠いところから送り出してくれて、サポートしてくれたのが大きい。一番感謝しないといけないし、監督も厳しく接してくれた。自分がダメな時でも使ってくれたり、駒大で人として、サッカー選手として成長できたので感謝したい。(駒大サッカー部を一言で表すなら)『最高の仲間と出会える場所』とでも。理由はこうやっていいやつばっかりで、決してサッカーが他大に比べてうまいわけではないが、みんなが一生懸命やる。そういう部分ができる大学は少ないので、普段から応援だったりで一生懸命声を出してくれるし、他の大学にはない仲間になれる場所」
◆副将 福地 拓也(社4)
「(四年間を振り返って)楽しいこともつらいこともいろいろあったが、この仲間と四年間やれたことは自分の中で誇り。応援してくれた仲間も、チームも全員自分にとって最高の仲間。誇りに思う。(同期へひとこと)最高の思い出ができた。感謝している。(後輩へひとこと)後輩にもいい選手がたくさんいる。まだまだ伸びると思うので、自分としっかり向き合ってやれば大丈夫。あとは、監督の求めていることをどれだけやれるか。今日自分は悔しい思いをした。それ(監督の求めていることをしっかりやること)が優勝への近道だと思うので頑張ってほしい。(四年間で印象に残っている試合は)アミノの3位決定戦。自分が点を取ったから。(サッカー部で過ごしたいちばんの思い出は)サッカー以外だったら学年会。楽しい。同期でわいわいできること、ブレーキ外してみんなやるのが学年会なので、それが印象深い。(監督・コーチへひとこと)自分は副キャプテンだったが、チームに何も貢献できなかった。申し訳ない気持ちでいっぱいだが、いつも厳しく自分をよくするために見捨てずに接してくれた監督やコーチ、スタッフに感謝している。(今後の進路について)サッカーをやる方向で、社会人のチームに行く予定。(今季、副将を務めて)自分の中では思うような結果が出ない時もあったが、キャプテンの大塲だったり、副キャプテンの(中原)輝やムロ(室町)だったり、主務の(菊地)晋平だったり、副務の初見のおかげで自分はここまで来られた。自分がやった事なんかたいしたことなくて、だからここまで来られたのは印象に強い。本当に副キャプテンやってよかったなと心の底から思う。(試合中などにチームを鼓舞する姿が印象深いが)それは監督が僕に与えてくれたチャンスというか、監督が自分に気を使ってくれて、それを感じた。試合に出る出ない関係なくチームのためにやること、声を出すことが自分に求められていることだと思った。(試合に)出ていなくてもベンチで一番声を出すのが自分の役目かなと思って一生懸命やった。(明るく振る舞うことのつらさと良さは)つらさは、自分が試合に出られないときに周りの後輩や同期が自分のことを見てくれているというか、自分の振る舞いとかで雰囲気が変わってしまうと思っている。そこは歯を食いしばって自分がいつもやっているような明るさを出してやることは正直つらい部分もあった。良さは、小さいころから自分は気づいたら明るいキャラになっていた。それ(明るく振る舞うこと)はみんなのやる気を出せるためにやっていて、ノリがいいからついてきてくれた。(駒大サッカー部を一言で表すとしたら)『無形の財産』監督が良く言う言葉。形にはないが、周りには見えない絆というか、自分の中の最高の財産だと思う」
◆角井 栄太郎(仏4)
「(今日の試合を振り返って)決勝とか気にせずにやった。入りは悪くなかったと思う。前半も0対0でいくということだったのでそれもできた。ただ後半に入って押される時間も長くて、自分たちがボールを持てる時間もあまりなかった。そこで自分からのボールで攻撃を一つでも多く増やせればよかったが、それもできず。1点ゲームだと思っていた。1点駒大が取ればこっちが優位に進められると思っていたし、1点取られたら相手が優位になってしまうと思っていた。それ通りの試合になってしまった。(四年間を振り返って)1年生のときはAチームの練習にちょこちょこ出してもらっていたが、社会人の方で経験を積むという形でやらせてもらっていた。2年生からAチームに入って試合に出させてもらう機会もあった。いい経験はできたが、3年生で自分はけがをしてしまった。一番大事な時期にけがをしてしまったので、積み重ねが人よりも自分は少なかった。4年生になってちょっとでも積み重ねを多くしたいなと思ってやっていたが、足りなかったというところが今日でてしまったのかなと思う。(同期への思い)同期には感謝しかない。自分たちの代のキーパーは3人いたが、2人が頑張っていたから自分も頑張らなければいけないと思う原動力になった。同期だけでなく、キーパー陣全員が頑張っていたから切磋琢磨できる環境だったのかなと思う。(後輩へのメッセージ)今日2位だった。この悔しさは(試合に)出ていた後輩は人一倍感じていると思う。それをしっかり来年ぶつけられたらいいのかなと思う。自分は偉そうなことを言える立場ではないですけど(笑)。頑張ってほしい。(四年間で印象に残っている試合)いちばん印象に残っているのはデビュー戦。2年生の時の早稲田戦。今日も印象に残る試合ではあると思う。(サッカー部で過ごしたいちばんの思い出は)四年間全部がいい思い出。この仲間と一緒にできたことが、それ自体がいい思い出。(監督・コーチへ)僕は監督に怒られてばかりだった。けれどそれを感謝できるし、監督から言われたことは素直に受け入れられる自分ができるようになってきた。僕が一番お世話になったと思うのは水摩さん。水摩さんにも感謝しているし、スタッフ全員に感謝している。今年はいってくれた輪島コーチは、自分を成長させてくれる糧だった。感謝している。(輪島コーチが就任したことについて)ほとんどキーパーコーチがいない環境で練習をしていた。自分が修正したいところだったり、修正した方がいいよというところを言ってくれた。それを一つひとつこなしていくことでこのような結果に結びついたと言ってもらえたらうれしいがまだまだだなと思う。もうちょっといろいろなことを学びたかったが、感謝している。(今後の進路について)僕はサッカーを続けるつもり。いろいろな人と話して今チームを探している状況。サッカーは続ける。(今季の後期リーグからずっとゴールを守り続けていたが)最初の3節くらいまでは全然チームに貢献できていなかった。それ以降も貢献できていたかといわれるとできていたかわからないが、それでも監督は続けて自分を出してくれていた。少しでもチームに貢献できなければいけないなと思っていたが、いまいちこたえることができなかったと思う。けれど、どんな状況でも続けて出してくれていたので監督には感謝したい。(GKは責任を背負う立場だと思うが)GKは責任がかかる場所だからこそやりがいがあるしその分一番努力しなければいけないポジションだと思う。自分にとっては、人としても成長できるポジションだったと思う。(高校時代から一緒に過ごした立花選手へ)僕は高校だけでなく、小・中学生の頃から知っていた。「仲が悪い」といわれることもあったが、そんなことはなくて。ただ一緒にいる時間が長いからこそ言わなくてもわかることがあって。同じ前期の流経戦で(ピッチに立った時)も一緒に頑張ろうと話したし、やりやすさはあった。ただ一緒に出られる機会は少なかったので、出れたときにはもうちょいやりたかった。けれどいい人なので。いいやつです(笑)。(駒大サッカー部をひとことで表すとしたら)『絆』(坂井)陸央がいつも「絆!」と言っていて頭に残っているのもあると思う。一人ひとりがチームへの思いというのもあるし「ファミリー」という感じの絆ですかね」
◆須藤 皓生(営4)
「(4年間を振り返って)4年間非常に苦しかった、辛くて厳しかったが、一生の仲間に巡り会えて後悔はない。本当にここのサッカー部に入ってみんなと戦えて良かったと思う。(同期への思い)4年間一緒に戦ってくれて「ありがとうございました」ということ。これから先別々の道へ進むが、こんな経験ができた仲間は彼らしかいないので、この絆は揺るがないと思う。とにかくみんなに感謝したい。(後輩への思い)この悔しさを忘れて欲しくない。優勝するのと準優勝には天と地の差がある。この光景を目に焼き付けて、来年ここ(インカレ決勝)に戻ってきて今度は優勝カップを掲げられるように頑張ってほしい。(1番心に残っている試合は)インカレ準々決勝の筑波戦。あの試合は、正直みんな心のどこかに「負けるならここかな」と思っている部分があったと思う。とにかく全身全霊で、この日で潰れてもいいという気持ちでみんな臨んだ。そこで勝てたのは、まだ全然(大会が)終わってもないのに涙が出てきたりしたので印象深い。(監督・コーチへの思い)本当に厳しい指導をいただいて、人間として成長できた4年間だったと思うし、監督・コーチの方々には感謝してもしきれない。あんなに本気でぶつかってくれる方たちはそういない。この先社会に出ても無い経験をさせていただいて感謝している。(特に感謝を伝えたい人は)それはやっぱり両親。ここまで好きなことをさせもらって、ゴールとか取れなかったし、恩返しはできなかったがずっと1番に応援してくれて、いろんなケアをしてくれて。この先恩返ししていけたらいいと思う。(駒大高・駒大と7年間駒澤でプレーしたが)全く別のチームなので、繋がっている感じはしなかったが、駒大高に行ってなかったら駒大に入ることもできなかったと思う。そこで駒大高に入ったことでこうやって自分のサッカー人生悔いなく終われたかなと思う。7年間同じグランドでずっと練習してきたので、これから一気に行かなくなると思うと寂しい。非常に思い出深い7年間だった。(矢崎選手など駒大高出身の選手と一緒にピッチに立つことについて)やっぱり嬉しいというか、駒大高の選手たちが頑張って駒大で(試合に)出るというのは、今の駒大高の選手たち1つの基準にもなる。高校から一緒にやってきたので絆も強いと思う。彼(矢崎)が活躍してくれて非常に嬉しく思うし、これからも頑張ってほしい。(駒大サッカー部を一言で)「団結」だと思う。多分どこの大学よりも仲間の友情とか、団結力とか、絆っていうのはやっぱり乗り越えてきたことが他とは違うので、その分強固なものになっていると胸を張って言える」
◆伊勢 渉(法4)
「(4年間を振り返って)自分は1年の後期から試合に出させてもらって、本当に4年目になるまでは負けることが多かったが、勝ち負けじゃなくて、人としてどうあるべきかとか、自分のためだけだったらやっぱり大した力は出ないけど、仲間のためとか、応援してくれている人のことを思えばすごく力が出るとか、大事なことを監督に教えてもらえた。(同期への思い)本当に面白いやつが多くて、この学年だからこそ楽しくここまでやってこれたと思うのですごく感謝している。(後輩への思い)後輩はかわいい後輩ばっかりで、1年生でも自分のことをいじってくるし、上下関係が良い意味でなくて、試合のときは頼もしくて、すごく良い仲間だった。(4年間の思い出)このサッカー仲間とずっと過ごしていた4年間だったので、1番はやっぱりこの仲間ができたことが良かった。(以前は総理大臣杯の大体大戦と言っていたが1番心に残っている試合は)インカレでここ(決勝)まで来て、本当に一つひとつの試合が心に残っている。決勝はこれから始まるが、この試合が1番になるんじゃないかなと思っている。(特に感謝を伝えたい人は)本当にこのチームメイトもそうだし、監督、スタッフには大事なことを教わった。それにここまで、大学までサッカーをやらせてくれた両親もそうだし、自分に関わってくれたみんなに感謝したい。(1年間寮長を務めたが)大したことしてないので、思い出とかはない。笑(決勝は累積の関係で出場できないが)この決勝まで、自分の力だけではないが、決勝進出に少しでも貢献できて、みんなが試合終わった後とかに暖かい言葉を掛けてくれて、それだけで本当に、そのピッチで戦えただけで貴重な経験だったと思う。(駒大サッカー部を一言で)「最高」。(星とずっとコンビを組んで来たが)ずっとこの1年間一緒にやってきてあいつに助けられた部分もあるし、(インカレ準決勝の)大体大戦終わった後も自分が次出られないことで泣いて抱きついてきてくれて、ずっと一緒にやってきて結果を残せたことが良かった。頼もしかった。(星へのメッセージ)来年どうなるかは分からないが、あいつが絶対チームの中心になると思うし、あいつが折れたら(チームも)終わりだと思うので、キツいこともあるとは思うがチームを引っ張っていってほしい」
◆鈴掛 涼(経4)
4年間を振り返って)1年目はサッカーサークルで、実質3年間。正直こんな経験ができると思ってなくて、もっと苦しくて試合などに絡めなくて終わるんだろうと予想した3年間だった。こうやって試合も経験できて、最後こうやって決勝まで行けて大観衆の前でサッカーをさせてもらえた。仲間からの応援もすごくされて、本当に貴重な経験、嬉しい思いができたかなと思う。(2年次に同好会から入部した経緯)1年の夏に監督から玉川キャンパスに呼ばれ、サッカー部に入らないかと声をかけていただいた。監督の体育の授業を受けていたからスカウトされたのかな。夏にスカウトされたが、決断したのは3月ぐらい。厳しいかなと自分でも思っていたが、もう一回チャレンジしてみようと思い2年の4月1日に入った。(同好会との差は)練習の強度ややっているサッカーが全然違う。慣れるのが大変で2年は体が慣れていなかったので怪我しかしていなかった。3年、4年と体も慣れて、いい感じでできた。(同期への思い)2年から入った僕を省いたりせず、仲良く受け入れてくれた。試合に出るとなると、すごい応援をしてくれて本当に感謝しかない。感謝しか出てこない。(後輩へメッセージ)いい選手もそろっている。やっぱり監督のサッカーをしっかり徹底できれば、こうやって決勝まで来れる。監督を信じて、仲間を信じて一生懸命やることができれば、僕達ができなかった優勝を後輩たちがしてくれると思う。頑張ってほしい。(インカレ準決勝で久々のスタメンとなったが)正直、須藤選手が怪我をしてしまって僕は出ないかなと思っていた。試合前日に明日出ると言われた。すごくその時は緊張したが、そこからかなり時間があったので緊張は和らいだ。自分でもいいパフォーマンス、いいパフォーマンスかはわからない。緊張もなくできた。自分の周りの選手たちが、お前ならできると試合中に声をかけてくれたので、気持ちも楽になった。いいプレーというか、のびのびとサッカーできた。(いろいろなポジションを経験したことについて)3年次はボランチやセンターバックもサイドバックもやった。それは監督からの信頼があったから、いろいろなポジションを経験させてもらえた。自分としていろいろな視野があって、すごく人間的にも成長できた。(一番の思い出は)2月の走り期間と火曜日が週明けなので練習がすごい厳しい火曜日。トルコ遠征。自分の中ではかなり思い出に残っている。(トルコ遠征は)午前練習、午後試合が1週間ほどつづいたが、みんなと10日間も一緒にいることはなかなかなかったので楽しかった。異国の地なのでいろいろなことがあり、すごく思い出に残っている。(思い出に残っている試合は)2つある。1つは去年の後期の専大戦。ずっと後期開幕から勝てていなくて、最後一個上の小口さんが、点を取ってくれて勝った試合で、試合も出てて久しぶりの勝利で感動したから。2つめは今年のリーグ戦最終節の筑波大戦やインカレの筑波大、大体大。非常に気持ちも入っていて、みんなが勝ちたいという気持ちが伝わってきて、やっていても応援していても心打たれる、感動したゲームだった。それが一番印象に残っている。(監督・コーチへの思い)監督は僕をサッカー部に誘っていただいて、ほんとに感謝しかない。すごく怒られたが、選手よりも熱い気持ちで戦える人はいないのではないか。僕もそのような大人になりたい。将来指導者をやってみたいという気持ちがあるので、監督のような人間になりたいから。ミーティングなどですごくいい言葉を言ってくれ、今でもノートを見返している。3年間だけだったが、今後の人生に生きてくるすてきな教材をいただいた。コーチ陣はいろいろな人がいるが、サッカー部が好き・勝ちたいという気持ちを選手以上に持っている。そのような人たちを日本一にできなかったのは悔しい。またみんなで集まってお酒を飲んで思い出を話すことが楽しみになった。(誰に一番感謝したいか)両親と同期の仲間。両親はサッカー部に入って遠征費だったり、いろいろなお金がかかったが、嫌な顔をせずに自分の口座に振り込んでくれた。試合前日には「頑張れよ」と応援の電話や、試合に出てないときは「何やってんだよ」と叱咤激励をしてもらった。15年くらいサッカー部を続けさせてもらって、最後決勝の舞台に見に来てくれた。いろいろ迷惑はかけたが、最後いい親孝行ができたと思う。同期は、受け入れてくれて、応援してくれて面白い。感謝。(今後の進路について)静岡の一般企業に就職する。この悔しさがあるので、どこかで社会人サッカーをするかもしれない。(駒大サッカー部を一言で表すなら)アナザースカイ。自分にはない経験や気づきをさせてもらった。人間性などの面でも大きく成長できて、思い出もできた。感謝しているし、このような思いができてうれしい」
◆安藤 翼(市4)
「(4年間を振り返って)この4年間を振り返ると、後悔が残る。でも、監督も言っているように人生には後悔があるもの。これからの人生に生かしていく4年になったと思う。この仲間と出会ってサッカーしてがむしゃらに学生らしく、今までのサッカー人生では考えられないことの連続だったけど、この仲間だから乗り越えられた。みんなには感謝しかないし、その思いをみんなはサッカーを続けない人が多いので、自分や(中原)輝がみんなにいい思いを届けられるようにしたい。(今後は)決まってはいるけど公表はできない。(同部屋の後輩である星が頑張っていたが)あいつには1年間オンでもオフでもお世話になった。あいつは誰よりも戦うし、チームのためにやるし、自分が尊敬していた後輩なので本当に頑張ってほしい。TJ(高橋潤哉)や(荒木)駿太や、挙げたらキリはないけど、そうやってずっと1年間一緒にやってきたやつらには後悔のないように。4年間自分が感じたのはあっという間だったので、無駄にしている時間はないので。(高校の後輩たちに向けて)(松村)優太郎、(薬真寺)孝弥、駿太、(岩本)蓮太には本当に頑張ってほしい。特に孝弥や優太郎は被っていたので、本当に思い入れがある。孝弥は今回怪我で出れなくて、本当に頑張ってほしいし、駿太とも話したが、出れない時はあると思うし、そこをうまく乗り切れるメンタルが大事と言うことを僕が出られない立場に置かれて考えさせられた。そう言う時もあるから頑張ってと伝えられた。あいつらならやってくれると思う。期待してます。(4年間で一番の思い出は)自分はこのインカレ。なんか3年まではうまく結果が出せず苦しかったが、4年目でインカレに出させてもらって、準優勝という悔しい結果ですけど、駒大のサッカー、自分たちがやってきたことは間違っていなかったと証明できた。下級生には優勝という景色を見てもらいたい。(印象に残っている試合は)初戦の桃山大かなあ…筑波かな…大体大かな…という感じで、一つ一つに思いが詰まっていた。これだけ信頼してもらって使ってもらえるという監督の思いが毎試合伝わってきた。なんとか結果を出したいと思ったことで点も取ることができた。なので、なんとしても今日は結果を出したかったけど結果がついてこなかった。残念ですけど、監督から学んだことは多かったし、1〜3年の頃は愚痴も結構こぼしたけど、本当に監督のもとでサッカーができたことを心から良かったと思うので、みんなも信じていてほしい。(誰に一番感謝したいか)両親。桃山戦もきてくれて、今日も急遽きてくれた。苦しい時も長文ラインを送ってくれて、それは自分はあんまり見ていなかったけど(笑)その思いは伝わってきた。昨日もラインが来て『頑張って』と言われて、ちょっと泣きそうになった。親の存在ってでかいなというか、これからも人生頑張っていかなきゃいけない勇気というか自分の力の源は親の笑顔を見ることだと感じた。(今後はどのような選手を目指したいか)チームを助ける、結果を出せる、結果にこだわれる選手になりたい。今日もあれを決めていたら流れは絶対に変わったし。本当にあの場面は悔しいけど、今の実力と受け止めて。仲間には…感謝しかない。(駒大サッカー部をひとことで表すなら)『感謝』本当に仲間がいて自分がいる。監督も含めてみんながいて自分がいる。一人でサッカーをしているのではないと感じた。これまでは独りよがりで、自分が良ければいい、自分が点を取ればいい、上に行ければいいという考えだったが、ここに来てからはみんなのために、『あいつはこれだけ頑張っているから俺もやらなきゃ』という思い。仲間の大切さを感じたからこの言葉になります」
◆川崎 貫太(政4)
「(四年間を振り返って)自分は、みんなよりも2ヶ月くらい遅れてサッカー部に入った。サッカー部に入って監督やスタッフ、仲間と出会って人生が変わったと思っている。最後までサッカーできてよかった。(同期への思い)感謝しかない。自分を成長させてくれた仲間でもあるし、これからも仲良くしていきたい人たち。(後輩へのメッセージ)四年間ここ(サッカー部)で過ごすことは、大きな財産に必ずなる。一日一日を自分にうそをつかず、全力でやってほしい。(四年間で印象に残っている試合)夏(総理大臣杯)の大体大戦。最後の矢崎がゴールを決めた瞬間。自分はピッチに立ってはいなかったが、すごくうれしかった。自分のサッカー人生で初めて自分ではない人のゴールがうれしかった。仲間の大切さ、そういった瞬間感じた場面だった。(サッカー部にいていちばんの思い出)いちばんというか、今終わって振り返ってみると、毎日。一日一日の練習だったり、部室にいる時間っていうのがかけがえのない時間だったなと思う。(監督・コーチへ)一年生の入ってきた当初は、わがままで、駒大のやり方を受け入れられずに反抗していたが、ここまで成長させてもらえた。自分が教員を志すきっかけになったのも秋田監督と出会ってから。これからの人生で必要なものをすべて与えていただいた。本当に感謝している。(今後の進路について)一応教員になる予定。けれど、インカレを通して思うこととか、考えることがあったので、今のところは教員だが、少し考えようかなとも思っている。(応援団を率いることが多かったが、意識したことは)自分は応援が好き。今年は、応援を変えていきたいと思っていて、歌を入れたり、最後はインカレに向けて団幕を作ったりした。駒大の応援が、例年以上にいいものにできたと思うし、チームで戦うということを応援も含めて表現できたと思う。自分を中心としてみんながついてきてくれた。感謝している。(高校ではトップ出場したことがないと聞いたが、大学でトップ出場したことについて)自分が一番わかっていることだが、能力とか、技術とかは、絶対に自分は劣っていると思っている。ただひとつだけ誇れることは、人よりもサッカーに対して情熱をもって「試合に出たい」という思いで毎日自主練をしてきた。坂井陸央と一緒にいっぱいボールを蹴ったりして、とにかく人よりも練習をするということを意識してやってきた。それが、最後に大きな舞台でピッチに立てたりベンチに入ったりできて一生懸命やってきて良かったなと思う。(頑張る姿勢が強みだと思うが、後輩たちにどう感じてほしいか)「努力に無駄はない」という言葉を監督によく言われる。自分もそう思っていて、一生懸命やったこととか努力したことはたとえ目に見える結果が出なくてもその先の人生とか、いつの間にか気づいたときに結果として見えていたりすると思う。一生懸命やることとか努力を積み重ねることは後輩たちにも大事にしてもらいたい。(駒大サッカー部をひとことで表すとしたら)『愛』みんなが大好きだから(笑)」
◆髙田 和弥(政4)
「(4年間を振り返って)1年からずっと走ってきてきつかったが、ここまでやってこれたのも同級生や、後輩がいたから最後までやってこれたのかなと思う。(同期への思い)みんな大好きで、この同期じゃないとここまでやってこれなかったと思うし、みんな仲が良いから、それがここまでこれた秘訣かなと思う。(後輩への思い)監督の言っていることとか、自分たちを信じてブレずにやることで結果もついてくると思うから、監督の言うことを聞いて自分たちの掲げた目標を達成するためにコツコツやっていってほしい。(4年間で1番の思い出)学年会でみんなでお酒飲みながらアツく話して、学年会というか、仲間自体が思い出みたいなもので、みんながいてくれたことが思い出。(1番心に残っている試合は)毎試合。自分がチームのためにできることをやろうとしているのが毎試合だったので、心に残るというか、全ての試合でチームのためにやろうと思ってたので、心に残っているのは全部。(監督・コーチへの思い)サッカーのことだけでなくて、1人の人間としてこれから社会に出ていくためにも大事なことを教わったし、1番思うのは、男として生きていくためには、仲間とかそういった大切なものがあるということを教わった。(特に感謝を伝えたい人は)監督とかコーチもそうだが、1番はやっぱり同期のみんな。みんながいなかったらここまで来れてないし、1番感謝したいのはチームメイト。(C大阪ユースから駒大に来て)部活というのが(駒大が)初めてで、部活にも部活の良さがあるし、ユースにもユースの良さがある。でも自分はこの部活に入って、部活の方が良かったなと思った。(夏場に活躍したが)その時期に必要とされていたと思う。やっぱり人から必要とされることは嬉しいことで、少しでもチームの力になれたことが良かった。(九州出身の選手にメッセージ)特に(安藤)翼に関しては、小学校からずっと一緒にやっていて、あいつのことは駒大の中だったら1番知っていると思う。あいつならなんでもできると思うので、翼には1番頑張って欲しい。(駒大サッカー部を一言で)「絆」。仲も良いし、仲間思いで、多分他の大学も仲間思いはあると思うが、駒大はその数倍も違うもっと厚いものがある」
◆鈴木 隆作(経4)
「(今日の試合を振り返って)日本一を目指してきて、決勝という舞台だったので何が何でも日本一を取りたいという気持ちが強かった。立ち上がりからみんな固い感じがしてうまくいかなかったけど、一生懸命やって結果が0−1だったので悔いはない。(インカレ4試合全試合でスタメンを掴んだことについて)1年生から積み重ねて来た部分がインカレでスタメンという結果で出たので、1〜3年の積み重ねが出たと思う。(駒高から7年間駒大でやって来たことについて)自分の印象では、駒大から駒大に行って試合に出られる人は少なかった。その中で、自分や須藤が出られたので、駒高からも駒大でやれるところは見せられたと思う。(7年間戦った仲間について)7年間駒高からやって来た仲間にはありがとうと言いたいし、駒大で戦って来た4年間の仲間にもありがとうと言いたい。仲間がいたから自分はここまで来られたので、仲間に感謝したい。(同期への思いは)サッカー以外でも仲がいいので、そういうところでの仲の良さもあって4年生が試合に出ていて結果が出せた。4年としてやれることはできたと思う。(後輩へメッセージ)自分は1〜3年で全く試合に絡めなかったが、そういう人たちでも最後の1年で誰にでもチャンスがあることを自分がちょっとは証明できた。仮に1〜3年で試合に出ていなくても、最後まで諦めないでほしいと伝えたい。(監督、コーチへの思いは)厳しくて理不尽なこともあってイラっとすることも多かったけど、最後は監督やコーチの言うことを信じたからここまで来れたと思う。スタッフや監督には感謝してる。(誰に一番感謝したいか)同期に一番感謝したい。苦しい練習も多かったけど、それを乗り越えられたのは仲間たちがいたから。(一番の思い出は)関東リーグ最後の筑波大戦。これまで試合に出ていなかった時も筑波に勝てるイメージがなくて、見ていて『これは勝てない』と思っていた。でも、勝てないと思っていた筑波に勝てた。相手はプロも多かったし、自分の中で印象深い。(今後はサッカーを続ける予定は)ないですね。(駒大サッカー部を一言で表すなら)『絆』。自分らはうまいチームとか技術で戦っているわけでない。自分たちはチームワークで戦ってインカレ準優勝になったので、そう言う意味で絆としたい」
◆坂本 和雅(仏4)
「(引退した今の気持ちは)楽しかったとしか。それくらいです。(怪我を押しての試合出場となったが)相当痛くて、痛みだけでも治ると思っていたけど、走れないしボールも蹴れなかった状態で出られたことは奇跡だった。(最後の試合での悔しさは)やりきったので悔しさはない。(4年間を振り返って)いい仲間に恵まれて本当に楽しい4年間が送れた。(同期への思いは)感謝しかなくて、自分がだらしないタイプだったのでみんなが温かく接してくれて前向きなことを言ってくれたことに感謝。(後輩たちへ)いいこと言った方がいいですよね(笑)全国大会に出られたら楽しいと思うので、全国へ出てほしい。(その全国大会を手繰り寄せたのは後期リーグの活躍があったからだと思うが)素直にスタメンから出たいと思ったのが要因だった。ちょっと『やるか!』って思ったのが要因だった。(大学サッカーを振り返って)部活としてやっていなかったらちょっと遊びでという感じだったが、チームのみんなと熱い仲間が作れて一生の友達が作れたのが良かった。(誰に感謝したいか)大塲。自分が2、3年でだらしない時も『ちゃんとやってくれよ』と優しく言葉をかけてくれたので非常に感謝したい。(今後は)会社で勤めて、普通の生活を送りたいと思う。(サッカーを続ける予定は)土日休みだとは思うけど、わざわざサッカーしたいとは思わない。(監督やコーチへの思いは)こんな自分で、あんまり真面目にはやっていなかったと思うけど、試合に出してくれたことに感謝したい。コーチも優しく自分に接してくれたので感謝しかない。(駒大サッカー部を一言で表すなら)『仲間』。みんなと仲良くできて良かったし、そこはデカかった」
◆立花 皓之介(営4)
「(4年間を振り返って)監督を胴上げして終わるのが4年間の目標だった。それがかなわなかったのが一番悔いが残った。(試合に出れない日々も続いたが)この試合に出れなかった悔しい気持ちなどをこれからの人生に活かしていきたい。(DFながらFW起用もあったことについて)チームが勝てれば、自分はどこでも出ていいという気持ちだった。自分をFWに起用してくれた監督に感謝しかない。(同期への思い)最高のメンバーに恵まれて、最高な関係を築けて感謝している。(後輩へのメッセージ)自分たちが1年間ひぱってきて日本一はここまで遠いということを肝に銘じて、変えるところを変えるなどしてもらいたい。1位をとるためにはともっと突き詰めて、探して成長を辞めないで頑張ってほしい。(一番の思い出)2年間にわたる監督へのマッサージ。マッサージで監督とより愛が深まって、いい関が築けるきっかけになったから。(マッサージについて)ほぼ毎日行っていた。練習前や練習が終わった後に行っていた。最初は乗り気ではなかった。歳を重ねるにつれてこのポジションの重要性が気づけてよかった。(思い出に残っている試合)総理大臣杯の大体大戦。負けた試合だったが、人生の中で一番うれしかった瞬間もあって、一番悔しかった瞬間もある。感慨深いいい試合だった。自分の中でこれからもいい試合だったといえると思う。(監督・コーチへの思い)今日にしても起用してくださって感謝の気持ちしかない。本当に優勝で恩返ししたかったので、一生かかってもぬぐい切れない悔いしか残っていない。(誰に感謝したいか)両親。自分にすべてをささげてくれて、好き勝手やらせてくれたのは両親のおかげ。結果で恩返ししたかったが、できなくて悔しい。(三浦学苑からともにすごした角井選手へ)小学校からほとんど一緒だった。常にいて、心の支えになっている。これからも腐れ縁なので特にメッセージはない。末永く一緒に楽しくやっていきたい。(今後の進路について)就職。日本一をとれなかった悔しさをビジネスにぶつけて、ビジネスの世界で有名になれるよう頑張っていきたい。(駒大サッカー部を一言で表すなら)最高「3150」。この最高「3150」にすべてがこもっている」
◆伊藤 大祐(商4)
「(4年間を振り返って)辞めたいときも苦しい時もあった。仲間・コーチ・監督がいたおかげで4年間やってこれたので、本当に感謝しかない。(同期への思い)自分が苦しい時も、仲間同期がいてくれたからこそ最後までやってこれた。感謝しかない。(後輩へのメッセージ)何年振りかにインカレの決勝の舞台にこれた。来年も来てほしい。(一番の思い出)インカレで決勝までこれたこと。(思い出に残っている試合)最初自分はBチームだったので、夏の合宿とかで下のチームで優勝できた試合が印象に残っている。(監督・コーチへの思い)監督がいたからこそ今の自分がある。感謝しながらまたやっていきたい。(トップチームに返り咲く形になったが)正直最後もベンチに入れてもらったし、監督に感謝しかない。やっぱり監督のおかげだと思う。(トップで試合に出たときの気持ち)Bチームとかとは違う雰囲気で、すごいトップレベルの試合が展開されていて全然違うと思った。最後まで点が取れなかったのが悔いが残る。(Jr.リーグ最優秀選手に選ばれたことについて)それはもうほんとに、最後決勝などに出れていないから、チームメイトが優勝してくれたことが要因ではないか。(誰に一番感謝したいのは)親だったり、チームメイトもあるがやっぱり監督。監督がいたからこそ今の自分がある。監督に一番感謝している。(今後の進路について)正直まだ決まっていない。サッカーを続けるか続けないかが一番の問題となってくる。自分としては、サッカーは好きなので続けていきたい。(駒大サッカー部を一言で表すなら)団結しているので団結力」
◆幸野 高士(営4)
「(4年間を振り返って)辛かったことも楽しかったことも色々あった。でも、この仲間と出会えたことが宝というか、一番良かった。(一番の思い出は)インカレで、自分が出られなくても仲間が戦っている姿、スタッフも一生懸命戦っていることが一番思い出に残っている。(トップに絡む機会もあったが)トップに入ってサッカーではあまり貢献できなかったが、練習や応援でトップという誇りをもって1年間できた。トップに入れていただいたことに感謝したい。(監督やコーチへの想いは)最初はCチームからやって、Bチームでは本当にザキさん(石崎コーチ)やテツさん(岩本コーチ)や(岡田)セイジさんや監督にも色々なことを教えてもらった。本当に人生で大切なものを教えてもらえたことがよかったと思う。(思い出に残る試合は)後期最後の筑波戦。あれだけみんながファイトして、駒澤らしいサッカーをしていてカッコよかった。(7年間駒高から駒澤として戦ったが)駒澤はサッカーの部分よりも人間性を大事にしているチーム。中学校までの自分に一番足りなかったところだったので、駒澤に入ろうと思った。駒澤じゃなきゃ育ってなかったので、駒澤に入れてよかった。(7年間戦った仲間へ) 7年間長かったというか、ずっと一緒にやってきていいところも悪いところも見てきた。一生の仲間になれたと今でも思えるので、これからも付き合っていきたい。(後輩への思いは)竹上有祥とか、深見とか駒高からやってきたメンバーは特に試合に出て欲しい。出れなくても、駒澤で学べることは大きいので、ここで一生懸命サッカーをして欲しい。(同期へ向けて)サッカーでは何もできない自分をみんなが認めてくれて、一生の誇りというか、みんなと出会えて良かった。(今後サッカーを続ける予定はは)ない。遊びくらいのサッカーは楽しくできたらと思う。(応援の太鼓の技術はどこで身についたか)たまたま去年応援していた時に、先輩から『今日誰もいないから、タカシやって』と言われた時に試しにやってみたら、最初は全然だったけど、他の大学やJリーグを見ていたらなんかできるようになった。みんなからどうやるのかを聞かれるけど、自分も感覚でやってる。サッカーも感覚でできたらよかったけど(笑)まぁ、そこはみんなに認められているところなので、叩けてよかった。(駒大サッカー部を一言で表すなら)『絆』です!」
◆菊池 優汰(地4)
「(引退の日を迎えて)最後の試合という実感は沸いていない。最後と思うと正直ピッチへ立って痛かった思いもある。でも、今の自分にできることは応援で最大にチームを鼓舞すること。それだけを考えてきた。(寮生として仲間がピッチで戦うことの思いは)寮生は自分だけずっとAチームに関われなくて、最後にトップへ上げてもらって追加登録もしてもらった。やってきてよかった部分もあるし、試合に出たかった思いも強い。(思い出に残っている試合)大臣杯で大体に負けた試合。あんだけチームが一つになって戦った試合は今までなかったくらい応援席もピッチもみんなで戦った。結果的に負けてしまったが、後期ここまで持ってこれたのもあの負けがあってよりチームが一つになったからだと思う。(水戸商業で秋田監督の直属の後輩となるが)監督にはまだ水戸商の後輩とは認められていないけど、少しでも監督に認めてもらいたくて努力した部分がある。監督には何度もご飯に連れて行ってもらったり気にかけてもらった。インカレでチームのために戦って日本一の監督にしたい思いは強い。(GIOCOでキャプテンとして東京都1部昇格を導いたが)それに関しては今シーズン自分がこのチームで与えられた役割だと思ってやってきた。夏は自分が怪我をしてチームに迷惑をかけて後輩たちに頑張ってもらった。キャプテンとして何かできたことはないかもしれないけど、結果的に形として1部に上げたということを残せたのがよかった。(同期への思い)仲間とやるサッカーはこれで最後なので、駒大魂・獅子吼を胸に戦ってほしい。(後輩たちへメッセージ)自分たちの代は1〜3年と結果が出ずに苦労した。自分たちの代で結果を残せたのはよかったと思うし、プレッシャーになると思うがこれを継続して強い駒大を続けて行ってほしい。(今後サッカーを続ける予定は)ない。就職して、サッカーはまあちゃんとやることはなく遊び程度に。(駒大サッカー部を一言で表すなら)『人』ですかね。この大学で監督も言うように大事にしているのは人間性。『サッカーは人間性の表現だ』とも言われている。この大学で人としてどうあるべきかを学ばせてもらって、自分のためではなく、仲間のため、人のために頑張ることで成長できると学ばせてもらった。そう言う意味でこの大学は『人』です」
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