• 例年を上回る約600人が駆け付けた天馬祭で演奏、演技する4年生ら。「繋」をスローガンに掲げた代の集大成を見せた=駒大記念講堂で(中川達夫撮影)

  • 2年次から硬式野球部が2部降格。地方球場を転戦する日々が2年続いた。=2012年9月6日、上尾市民球場で

  • 3年次秋季に硬式野球部が1部復帰を決めると、太田(右端)らも喜びを爆発させた=2017年11月6日、神宮球場で(奥野凌河撮影)

  • 多くの部員が印象に残っている応援として挙げた4年次秋季の東都優勝決定戦。惜しくも敗れたが、多くの観客が詰めかけた=10月25日、神宮球場で(寒川朋子撮影)

☆引退特集☆駒大生、駒大ファンを繋いだ4年間。ブルペ生活を振り返る

[その他](2018年12月24日 20時51分)

第14回天馬祭が12月16日に駒大記念講堂で行われた。この講演で4年生は引退。2部降格、1部復帰、1部優勝決定戦と浮沈の激しかった野球応援や、「繋」をスローガンに活動した最後の1年など、4年間について聞いた。なお、太田芙海代表代行、八斗絵里副代表、三浦瑛ブラスバンド部長のコメントはこちらに掲載。

◆佐藤 章裕(法4)
「(公演を終えて)いい景色だった。4年間いろいろな部活の応援に行って、神宮球場や、めっちゃ寒い年始の大手町などいろいろな景色を見させてもらっていたが、その中で最後にこういう景色を提供してくれた体育会のみんなにはすごく感謝している。(硬式野球部から合いの手が入ったが)他の大学の団祭に行っても野球部があんなに声を出してくれるところはない。駒大の野球部は誇れる存在。(ボリュームのあるように感じたが)ブラス、チアもすごく工夫していた。ボリュームはあるけど、見入って気がついたら終わっていたという感じだったと思う。(準備は)学注でみんなのことを漢字一字で表すのが難しかった。うちの同期は個性あふれる、パワーあふれる人たちなのでそれを表したかった。1番個性が現れるのは感じだと思って漢字にした。1カ月ぐらい考えた。(引退して)やりきった。今日の朝着替える時『今日で最後なんだな』と思った。人前で話したり、テク振ったりするのが緊張するので、いつも鏡に向かって『俺かっこいいぞ』と3回言って家を出るのがルーティーン。今日もそれをやって家を出た。(多くの来場者が来たが)今年の1年は『繋』がテーマ。応援に行っている我々を通していろいろな体育会の人が少しでも駒大に関心を持ってほしいと思った。自転車、ラクロス、アイスホッケーなど最近行き始めた部もこうやってわざわざ見に来てくれて、自分たちが応援されているような感覚で幸せだった。(4年間の思い出は)いっぱいあるが、去年の天馬祭。攻撃曲メドレーでセンター指揮の時に野球部が『佐藤』『佐藤』と掛け声をかけてくれた。すごく小さいことだが、いろいろ悩んでいた時期だったので心に響いた。待っていてくれる彼らのために最後の年頑張ろうと思えた。あとは1年生の時の七三分けの鬼の先輩と、1個上のリーゼントとゴリラの先輩には感謝しても仕切れない。(同期について)感謝。こんな人間だったけど4年間ありがとうございました。(後輩に向けて)風邪ひくなよ、あとちゃんと寝ろよ。(ブルペとは)僕の大学生活に彩りを与えてくれた。自分が応援している立場なのに、自分のことのように喜怒哀楽を与えてくれた。当然勝ったら嬉しいし、負けたら悔しい。そういう気持ちを与えてくれて、嬉しかった」

◆三宅 里佳(英4)
「(公演を終えて)自分がやりたいと思っていたこと、この4年間で頑張ってきたことは全て出し切れたかな、という満足感でいっぱい。でも引退した実感がまだまだなくて気持ちの整理がついてない部分が沢山ある。学生生活をブルペに捧げられたことにぜんぜん悔いはないな、という公演に出来たので満足。(本番に向けての期間工夫したこと)練習だと、チアの子たちをどう動かすかというのはチア長の太田と一緒に、サポートしながら後輩を動かすということに4年生だから重きを置かなきゃということは沢山考えた。太田が『一人ひとりが輝けるような』と言っていたが、それを前面に押し出したいなと思っていたので、私は厳しく後輩に接するようにしていた。設営の担当もしていたが、お客さんに対して後輩がどう向き合ってくれるかの指導だったり、演舞会を構成するにあたってお客さんがどうしたら居心地が良くなるか、この長い時間を楽しく過ごしてもらえるか、という風にお客さんのことを第一に考えた。(具体的にしたことは)設営の方で言うと、入り口に貼ってあった写真をいつもと違うようにした。顔と言っていることを一致させる、というのを目標に展示物を作っていた。後輩の協力も得つつ、この子は1年間こういう頑張りをした、この演舞会の為にこういうのを頑張った、というのが一人ひとりしっかり見えるように。目に見えるようにしたかった。(野球部から掛け声があったが)掛け声はいつも野球応援でやってくれているようにすごく聞こえていた。それですごく感動した、涙を誘うようなコールをしてくれて本当にありがとうという感じです。今年は野球部にも愛されるブルペだったなと思う。(引退しての気持ち)これからブルペを引退したら、もう応援する側でないというのは私の生活にすごく大きな影響を与えると思うが、これはこれで1つの区切りとしてまたこれから社会人になるまでの時間に自分のための時間に当てつつ、少し気持ちが落ち着いたら今度はOGとして後輩たちのことを見守っていきたいなという風に思っています。でもまだ引退した実感が湧いてないので、まだまだ部員な気持ちが今日中は残っていると思う(笑)。(後輩へ)今日の今日まで続いてきた39年という歴史を今後もつなげていく為に、『一人ひとりが何ができるか』というのを考えさせる代を構成していってほしい。ニュースでも大学の事件とかを取り扱っている中で、伝統が続いていくというのは今の時代簡単じゃないと思うので、いかに応援指導部ブルーペガサスというものを駒澤大学の中で残していくか、繋げていくか、この想いを後輩たちが紡いでいくか、というのは私たちが今年掲げてきたスローガン『繋』にも込められているのでそれを50年、100年という風に続けていってほしいなと思う。みんな頑張ってください!(学注で言われたことについて)『高』と言われたが、そんなにハイスペックな人間じゃないよと言いたい(笑)。でもそういう風に思ってくれていたのは嬉しい。4年間ありがとうと伝えたい。(4年間で印象に残っていること)野球応援が本当に大好きだったので、毎試合しっかりこなしてきた。もう1回やりたい。(同期について)本当に個性豊かな人たちが集まった代だったなと(笑)。それで大変だった事ももちろん何回もあったが、それ故に39代らしい応援だったり、演舞会だったり、活動を1年間こなしてこれたと思うので、このメンバーでよかったなと思っている。(ブルーペガサスとは)学生時代最大の青春だった。この部に出会えて本当に良かったし、自分をすごく成長できた4年間だったと思う。私を支えてくれた方とか、ありがとうという感謝の言葉でいっぱい」

◆松林 花奈(歴4)
「(天馬祭を終えて)まだ引退の実感はなくて、明日も部活をやるんじゃないかというのが正直な気持ち。(多くの来場者が来たが)八斗、佐藤をはじめ、39代のみんなが愛されていたのを実感できた。4年間でブルペを一回り大きくできたのかなと自信がついた。(準備は)1番のこだわりはスペシャルフィナーレの佐藤の学注からのコンバット。最初はオオカミからコンバットだったが、意地を通してコンバットにした。ブラスステージは毎日終わったら録音を聞いてフィードバックを幹部で共有して作り上げてきた。(硬式野球部の合いの手は)野球応援の時はテンポをキープしたり、試合の状況を見ることに集中していたので、私は合いの手は全然聞こえなかった。今日は声の圧と疾風の時の巴山の掛け声がすごく聞こえてきて野球部も一緒になって盛り上げてくれたことに感謝。(引退して)4年間やり切った自分をほめたい。(4年間の思い出は)ブラスの同期が毎日LINEを動かしすぎ(笑)。気づいたら200件、300件たまっていて、それが思い出というか日常だった。(印象に残っていることは)優勝決定戦。1年生の時に2部に落ちて、2部で2年間やって、1部に戻って、ここまで連れてきてくれた同期がすごくかっこいいし、誇りに思った。それを影ながら支えられるブルペに入っていることが一生の自慢。(同期に一言)謝罪と感謝(笑)。わがままだし、授業がたくさんあって仕事も全然できなかったが、笑顔で声をかけてくれたり、心配してくれたりした。かけがえのない友達ができた。ありがとう。(後輩に一言)無理はしないでほしい。責任を持ってやることは大切だけど、自分のやりたいことをぶれずに4年間進めば天馬祭の最後のスペシャルフィナーレで笑顔で終われるよ。(ブルペとは)一生の自慢」

◆西村 佳純(歴4)
「(天馬祭)やり切った気持ちが1番。幹部なのでブラスステージの指揮を振るが、今までの中では1番楽しく指揮を振れたので嬉しかったし、楽しかった。(来場者が多かったが)舞台から見てびっくりした。これだけブルペのことを知ってくれているのが嬉しかったし、体育会の方々も自分たちの方に来てくれた。いい関係が築いてこれたのかなと思う。(準備は)自分のパートのトランペットの中では唯一の経験者。初心者にどうやってモチベーションと自技術を上げていくかの両立が大変だったし、時間をかけた。(硬式野球部からの合いの手は)野球応援の時も端の方にいて野球部の声が聞こえて楽しい。私がブルペに入った理由が野球応援で、客席が盛り上がるのがすごく楽しくて大学でもその経験ができればと思った。自分たちの隣で一般のお客さんが盛り上がってくれて、特に野球部がたくさん声を出してくれることがとても嬉しかった。今日もやってくれるかなと思っていたらやってくれたので嬉しかった。(引退して)まだ実感はない。これでもう応援歌、校歌、メドレーを演奏することがなくなるのだなと思うと寂しさはある。(4年間の思い出は)私はあまりメンタルが強い方じゃないので、落ち込んだりすることもあったが、そのたびに同期が励ましてくれた。トランペットでも高い音が出なくて、先輩から厳しいことを言われても『できることをやればいいよ』と温かく接してくれた。厳しさの中でも温かい関係を築けたと思う。(印象に残っていることは)野球の優勝決定戦かな。優勝して紙テープを投げたかったが、自分が選んだ部活で最後までやり遂げることができて、野球部、お客さんと盛り上がることができたし、同期と一緒にリーダー台で吹けたこと。ずっとリーダー台で吹いてみたいと思っていたので、それが叶った。(同期に一言)支えてくれてありがとう。(後輩に一言)後輩がいてくれたから先輩でいることができた。みんな好きなように活動してほしいが、まずは応援を楽しむことが1番大事。それがあって、技術向上があると思うので忘れずに過ごしてほしい。(ブルペとは)大学の半分であり、自分の人生の中でもかけがえのないピース」

◆小林 菜摘(経4)
「(天馬祭を終えて)お客さんがたくさん来てくれて嬉しかった。感動した。これまで周りを大切に感謝を込めて活動していたので、それが少しでもお客さんに伝わっていたらよかった。(準備は)最後まで気を抜かず、みんなに感謝を込めた。(硬式野球部の合いの手は)野球部といい関係が築けて、見に来てくれて嬉しかった。(引退して)実感はない。なくなってから気づくのかなと思う。(4年間の思い出は)この1年間が全部思い出。(印象に残っていることは)野球の優勝決定戦と今日。(同期に一言)たくさん喧嘩したけど、いつも支えてくれたのは同期なので感謝している。(後輩に一言)いろいろな人に感謝を忘れず活動してほしい。ついてきてくれてありがとう。(ブルペとは)成長と感謝」

◆亀島 夏美(国4)
「(天馬祭を終えて)引退の実感はない。4年間で1番感動した。今年1年間スローガンの『繋』を大事にしてきて、それが目の前で見れた感じがして嬉しかったし、感謝しかない。(硬式野球部の掛け声は)嬉しかった。名前呼んでくれてありがとう。今年は神宮球場で野球部がすごく声を出してくれて楽しかった。野球部も他大学の応援団の人も来てくれて、この代でよかったと思った。同期も、他の団体の同期も含めてこの代でよかった。()お客さんと一緒に楽しみたいと思った。リーディングでもないし、ダンスでもない、応援団でもない、応援指導部としてのチアリーダーなので、駒大らしさを出した。(4年間の思い出は)4年生が1番辛かった。1年生が1番大変なのだろうと思ったら全然違った。みんなをまとたり、練習メニューを考えたりするのがすごく大変だった。でも今日の天馬祭かな。お客さんがみんな立ってくれたときのことは忘れられない。一生の宝。(同期に一言)パートごとに個性が違う。最初は3パートのまとまりは全然なかったが、最後はリーダーの情熱、ブラスの機敏さとまとめる力、私たちチアの元気と優しさのバランスが取れていたと思う。(後輩に一言)私がここまでやり抜くなんて思えなかった。辛いことの方が多いかもしれないけど、この部で4年間みんな成長していってほしい。後輩のこと大好き。ここまでついてきてくれてありがとう。(ブルペとは)居場所」

◆丸山 結鶴(営4)
「(天馬祭を終えて)お客さんがすごく多かった。あの景色は忘れたくない。女子ラクロス部などみんなで来てくれて嬉しかったし、野球部の掛け声は嬉しかった。『電光石火の巴山』が1番嬉しかった。いつも野球応援でやっていて、みんな大好きな掛け声なので。()グミ配ったところ。お客さんと近づきたくてグミを配った。楽しんでほしかった。あとは芙海がよく言う『統一美』。ポンポンを取るところや、移動の動きにこだわった。(4年間の思い出は)この前の優勝決定戦かな。平日の昼間なのにお客さんいっぱいいて、すごく楽しかった。あとは今日の天馬祭。お客さんがみんなメガホンを叩いてくれているのも見えた。(同期に一言)最強という感じ。いろいろな人がいて、個性が強い人もいるけど、その人がいるおかげで部をまとめられたりする。ブラスが強い(笑)。でもブラスがいたからここまでこれた。(後輩に一言)楽しんでほしい。一生の宝物になると思う。(学注で)八斗も言っていたけど、支えられてきた。支えてくれてありがとう。(ブルペとは)大学4年間の全て」

◆秦野 優子(歴4)
「(公演を終えて)リハーサルとかでたくさん練習を重ねて、スタンツが上がらなかった日もあったし、100%の演技じゃなかったかもしれないけど、気持ちは120%出し切ってできたと思う。(本番に向けて工夫したこと)1番上の学年だったので、練習は4限後からだったが、午前中から集まって練習の構成とか話し合った。(去年よりも人がきていたが)本当に嬉しかった。開演の前に2階席からのぞいたが、その時点で満席になっていて嬉しかった。例年は土曜開催が多いが、今年は日曜開催ということもあって沢山の人が来てくれた。(野球部からの声は聞こえていたか)舞台袖からも聞こえた。野球応援の時から毎回言ってくれていて、『疾風の撃』の掛け声がみんな1番好きで、言って欲しかったからいっぱい入れようみたいな話になった。(引退して)あまり実感が湧かないが、同期の佐藤の学注を聞いて泣いてしまった。あまり普段泣かないので今日も泣かないかなと思ってたのですが、寂しくて泣いちゃった。『名前の通りの子だね』と言われ嬉しかった。佐藤も学注が上手なのでまんまと泣かされた。(パンフレット制作担当だったが)他の係では責任者、副責任者で2人体制が多かったが、編集責任者は1人で地味にコツコツ作っていく感じだった。卒論と被っていたので大変だった(笑)。(4年間で印象に残っていること)1年生から濃かったが、4年生が1番大変なこともいっぱいあった。まとめるってこういうことなんだなって。全部印象に残っているが、同期がこのみんなでよかったなと思います。(同期について)チアが9人いて、リーダー2人、ブラス5人でまあまあ多い代。まとまらないこと、意見がぶつかり合うこともあったが、話し合いを何度も重ねて、みんなが納得するようにまとまって運営できたので、みんなに感謝。(後輩へ)特にチアの子は、天馬祭のリハーサル期間は毎日のように練習でずっと一緒にいて、たまに嫌に思うこともあったかもしれないけど、ついてきてくれて本当に可愛くて可愛くてしょうがないなと思っている。(ブルーペガサスとは)元気を与えるし、もらえる場所でした」

◆高橋 采花(政4)
「(今日を終えて)楽しかったです。(準備期間で工夫したことなどは)早着替えかな(笑)去年はずっと同じ衣装だった。いろんな衣装を見てほしいなと思って。(観客席を見て)すごくびっくりした。(引退の実感などは)なんかすっきりしている。楽しかった。(4年間の思い出などは)ナンだろう、ステージから見える景色に圧倒された。(同期へ)ありがとうって書いておいてください(笑)(後輩へ)チアの子たちに出会えて良かったと思う。ありがとう。(ブルペとは)青春!」

◆土井 俊隆(仏4)
「(今日を終えて)やりきった感はあるが、まだ(引退の)実感はない。また来週も練習に行ってしまいそうな感じ。(工夫した点などは)電美さん(電気美術研究部)だったり、いろいろな他団体の方々と綿密に、前年度よりも早め早めを意識していた。リハーサル期間も前年と比べると短かった。例年は1週間だが今年は4日ほどだけ。その分より濃密な練習ができた。幹部ともたくさん話し合ったので、今日の本番はうまくできてたかな……?(笑)できていたのならいいなと思う。(準備期間の短さなど、例年よりも大変だったか)ずっとバタバタしていた。下級生が頑張ってくれたので、自分たちは楽をさせてもらった部分もある。(観客席を見て)年々来場者数が増えている。前方ブロックは観客の方々を入れない方向だったが、結局たくさん来ていただいたのでその部分にもお客さんが入る形になった。今年もまた増えたのかなと感じた。自分の中で、客層などを見るとどういう幹部でどういう代だったのかわかると思う。今年は体育会やOBさんなど身内の方々が多かったので、良い人間関係が築けていたのかなというか、仲良くさせていただいたんだなと思う。(野球部のコールは)すごく聞こえていた。本当に嬉しかった。いつも自分たちは陰で応援させてもらっている立場なので、急に逆の立場になると、こういう経験は今までなかったし、嬉しかった。(佐藤さんの学注は漢字一文字で『大』と表されていたが)やっぱりなといった感じ(笑)。いつも『痩せろ』とか『太い』とか言われ続けてきた。でも最後はいい感じにまとめてくれたので(笑)。(4年間通しての思い出は)やっぱり野球部さんとの思い出かなと。1年生の時に2部降格を経験して、3年生になって1部に上がって、最後は優勝決定戦まで応援させてもらって。本当に自分の応援人生は野球部さんとともにあったと思う。密接な関わりができたと思う。選手さんとも仲良くさせていただいたし、すごく濃密な4年間だったと感じている。上尾球場は本当に暑かったし、15回ノーゲームとかも経験した。すごくつらかったが、この経験があったからこそ自分はやってこれたと思うし、野球部さんとも仲良くできたと思うし、本当に戦友のような存在。2部球場は楽器が制限されたりもしていたので、声を枯らした日もあった。出雲駅伝と野球応援をはしごしたりもして、つらくて自分は何をやってるんだろうともなったが、今となってはいい思い出。あの時の経験がなければ今の自分はないと思う。つらかったことや、ブルペに徹してやってきたことが4年目につながってると思う。(同期へ)自分はゴリゴリ仕事をやって進めていくようなタイプではなかったと思うが、自分は仕事がないというくらい同期がやってくれたので応援に集中できる4年間を過ごさせてもらったので、本当にありがとうと伝えたい。自分は本当に同期が大好き。ブラスもチアもリーダーも。卒業してもしょっちゅう会うのではと思う。(硬式野球部さんへ)野球応援に呼んでくれてありがとう。これに尽きるかな。天馬祭も来ていただいてあんなに声も出していただいて、嬉しかった。(後輩へ)自分たちの跡を追ってほしいとは思わない。自分たちにしかできないことをやってほしい。次はちょうど40代目で節目の年に当たるのでいろんな行事などが多いと思う。代表を中心としてやっていってくれたらと思う。39代目ができなかったさらなる高みを目指してほしい。例えば天馬祭の入場者数だったり、体育会のため、駒大のために存在するブルーペガサスであってほしい。(ブルーペガサスとは)実家が寺ということで駒大に入ったが、正直学びたいこともなかった。大学もやめたいと思った時期もあったが、ブルペに出会ったことで4年間大学に残ることができたし、ブルペにいたことでいろんな方々と交流がもてた。自分の大学生活全部ブルペだと思う。楽しい4年間を過ごせた」

◆石井 和香菜(英4)
「(公演を終えて)無事に終えられて安心した感じと、少しずつ引退に近づいていく寂しさがある。(本番に向けての期間工夫したこと)チアのステージが凝ってたので、スタンツをなるべくもっとこうしたほうがいいんじゃないか、とか後輩にわかりやすく案を出したり、新入生はダンスが分からなかったりしたと思うのでなるべく自分から声をかけました。(人が沢山来ていたが)いつもは空席があったが、空席が見えないくらいだった。スズランテープをとって前の方にも入ってもらえた。(野球部からの声は聞こえていたか)聞こえていたし、とても励みになった。(引退して)今はあまり引退という実感がないが、これから後輩にブルペを引き継いで頑張ってほしいという気持ち。(4年間で印象に残っていること)野球部の応援で2部優勝し、地方球場から神宮球場に上がった時。(同期について)私は目立つ方ではなかったので、他の同期が引っ張ってくれてるという感じだった。感謝している。(後輩へ)これから辛いこと、大変なことあるとおもうが、協力しあって頑張ってください。(ブルーペガサスとは)みんなに支えられてできている駒大ならではの部活」

◆松本 あゆみ(社4)
「(今日を終えて)楽しかった。(準備期間で工夫したことなどは)あのメガホンを使ったダンスが去年とちがうところかな。去年は衣装がずっと同じだったから。チアは何種類かの衣装を使い分けていて、応援する競技とかで色や生地が違うものにしている。駅伝は紫色とか。(観客席を見て)前の方までお客さんが入っているのを見たのは初めてだった。野球部さんのコールも聞こえていた。『電光石火の巴山』が大好き(笑)(4年間での思い出は)ここから見えるスペシャルフィナーレの景色が大好きなので、感動した。(同期へ)これからもよろしく、かな(後輩へ)出会えて良かった。ありがとう。(ブルペとは)楽しかった!采花(高橋)の言うとおり、青春かな」

◆觀世 葵(文4)
「(天馬祭を終えて)実感が湧かない。それに尽きる。(多くの観客が詰めかけたが)同期も人数が多い中で、その個々のつながりがすごく表れていたと思う。(準備は)今まではディズニー系の曲をやっていたが、ジブリなど自分がやりたい曲ができて、しかも指揮をさせてもらった。自分は至らないところがあったが、同期にすごく助けてもらって完成させてお客様に届けることができた。(硬式野球部から合いの手は)めっちゃ嬉しい。野球部大好きで、野球部のパワーにはいつも元気をもらっているので、とてもありがたい。(4年間の思い出は)応援も、演武会もそうだし、同期や先輩後輩と過ごした日々を全て鮮明に覚えている。一瞬一瞬が私の大事な思い出。最後の野球応援のリーダー台から見た景色が特に印象に残っている。お客さんもたくさんいらっしゃって、負けていたけど勢いのある応援だった。(同期に一言)みんながこんな変わり者の自分を受け入れてくれて、(議長としての)私の仕切りについてくれたことがありがたかった。ただ仕事はいっぱいやったので、もう少し感謝してほしいなと思っている(笑)。(後輩に一言)私が目指していたブラス像は明るくて、仲良いけれどメリハリをつけて活動し、明るい音をお客様に届けること。理想のパートを作り上げてくれた優秀でかわいい後輩たちなので、この後も君たちなら応援の技術、楽器の技術もあると思うので、相手の期待に応えられるような応援をしてほしいと思う。(ブルペとは)人生で1番の青春で、輝けた場所」

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